| ◆墨書に見る年代
江戸期においては4〜20年程の間隔で種々の補修等をしたことが窺われる。中でも上欄間については寛政5年(1793)から寛政9年(1797)まで「藤作」・「藤本左平」らにより、毎年、少しずつ漆の塗直し等の補修、修繕が行われたものと考えられる。
笠鉾「蘇 鉄」 の墨書では、この寛政の年代が最古のものである。
しかし、古文書「八代紀行」、明和元年の条に、笠鉾「蘇 鉄」の記述があり、古絵巻にも描かれていることから、年代は更に遡ると考えられる。
◆構造
笠鉾「蘇鉄」の基本構造は、笠鉾大台(台)とその中央に直立する真棒(柱)、その上部の屋根型(笠)の三つにより構成されている。
笠鉾大台は、ゴムタイヤとは別に小さな木製の車輪が四個付いている。
松井文庫蔵の弘化3年の妙見宮御祭礼神事行列絵巻の描写にも、木製と思われる小輪が描かれており興味深い。屋根型は現在、一つの部材として扱われているが、屋根の下地になる部分(笠)、六角形の枠、六本の柱の三種の部材に分解可能である。これに、屋根、上欄間などの装飾、水引幕が取り付けられ、その荷重は心棒一本で支えている。
真棒は、笠鉾「菊慈童」と同じく中空の柱と芯となる柱からなり、綱の巻き上げにより笠鉾全体を上下させて高さを調節し、込栓を柱のほぞ穴に入れ固定して高さが決定される。 |