| ◆墨書に見る年代
廷享元年甲子(1744)の各一字が部材を取り付ける際の位置を示す記号になっている。「西王母」 の墨書の中では最も古い年号であり、製作年代と考えられる。
1.上屋根遅々緋の箱、2.下屋根遅々緋の箱、3.上屋根雨覆の墨書のいずれにも安政四年(一八五七)の銘があることから、この時期にかなりの補修、造り直しなどが行われたことが分かる。その内容は、3.上屋根雨覆裏に詳細に記録されており、「長柄(芯棒)」、「桃(桃の木)」、「上屋根雨覆」 六枚はこのとき新たに作られ、上下の屋根の赤布「漫々緋」も貼り直され、鯉の間六枚は色の塗直しが行われたことが記してある。
◆構造
笠鉾「西王母」の基本構造は、車台(台)とその中央に直立する一本の柱(芯柱)と、その上端に取り付けられる上笠の骨組の三つよりなっている。
車台には、現在、直径580ミリメートルの旧日本軍の航空機用と思われるタイヤが取り付けられているが、これよりも大きな径の丸く擦れた跡が付いている。これは、以前ついていた大きな車輪の痕跡と思われる。
上笠の骨組は、芯棒先端部に取り付けられる六本の隅木と六角形の枠、その二つを繋ぐ六本の柱からなる。これに屋根、装飾及び水引が取り付けられ、その荷重は芯柱一本で受け持っている。
この芯柱も、上下に高さを調節することができる。 |